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天天好時光

お銀について考えた

今やってる(東海地方再放送)「水戸黄門」シリーズには、のちの名物となる、由美かおる演じる「お銀」は登場しないのであるが、このお銀についてちょっと考えてみた。

高校の先生が、「8時45分に印籠が登場して云々」という件をはじめて聞いたとき、当時から水戸黄門が大好きだった僕は大笑いした。
というのも、水戸黄門のワンパターンを時計で表現したことが妙におかしかったからである。

ところで、お銀、石坂黄門のときに一時八兵衛とともに姿を消してしまったのであるが、里見黄門で「おえい」となって復活しているがやはり「お銀」と同系列の人物設定と判断するのは
容易なこと。

このお銀、なぜこんなに男性陣から人気なのだろうか、
単に入浴シーンだけではないような気がしてならない。
お銀が水戸黄門の中で演じる役割というのは、もちろん「くの一」としての、女だてらな活躍があろうが、その一方、結構失敗をしたりもする。
失敗すると、彼女がひそかに好意を寄せているであろう助さんや、またその逆に好意を持たれているとも思しい飛猿あるいは忍びの先輩格の弥七に助けられ、
彼女の責任感からか怪我をおして彼らとともに飛び出ようとすれば、黄門さまになだめられる。
その形象は、やはり〈女〉らしさを具現しているのではないか。

彼女の活躍はじつは、忍びのわざももちろんあるだろうが、類まれな美貌を誇る芸者に身をやつした結果得られる情報をほかの同僚忍者に提供するという、副次的位置に甘んじる結果となっている。
そして戦いの場では、さきに述べたように、敵方に捉えられてしまったり、深手を負ってしまう。
じつは肝心要のところで男に守られる、これは弱さをより際立たせている。
お銀は男の願望を効果的に具現しているのではないだろうか。
by pangxie | 2004-11-23 02:52
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