天天好時光

楊貴妃日本死亡説

楊貴妃が日本で死んだという逸話がある。

安史の乱は755年、安禄山と史思明の起こした反乱。時の皇帝・玄宗は楊貴妃とともに都・長安から逃れ出る。その逃避行の最中に楊貴妃は玄宗より死を賜る。だが、玄宗によって殺されるはずの楊貴妃がじつは殺されずに生き延び、そして日本に逃れてから死んだという、まことしやかな説がある。

楊貴妃が殺されなかった理由は以下の4つが考えられるという。
1.楊貴妃は人当たりがよかった
2.玄宗の子・李瑁が救った:楊貴妃はもともと李瑁の妃である
3.宦官・高力士が救った:高力士は玄宗の腹心であると同時に楊貴妃の腹心でもあった
4.楊貴妃の甥・楊暄が遣唐使の力を借りて救い出した:楊暄は宰相・楊国忠の息子であり、楊貴妃とは縁戚関係に当たる

油谷町の「楊貴妃の里」を紹介するホームページには、その後のエピソードが載っていて興味深い。

この逸話とは関係ないのだが、京都の泉湧寺には楊貴妃観音という、玄宗が楊貴妃を記念するために作らせた観音像がある。
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by pangxie | 2005-12-20 02:01
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