天天好時光

2004年 09月 17日 ( 1 )

メモ

クリステヴァは子が自他癒着から自立するとき、息子の場合には母は自ら「天上の光」となり、その存在そのものを息子のなかから打ち消そうとする。そうして息子の場合は自我の確立を果たすという。しかし、娘の場合は、母子分離とともに<想像的な父>との決別も要求される。また、母と娘は一体化されたまま、娘の中なかにとどまろうとする。母娘の癒着状態が自我確立の際に解消されないのである。

だが、著者はこの癒着状態を癒着ではなく、「母の抵抗、母の報復、母の娘への願い」(167)として解釈する。ただ、象徴界(われわれの生きている社会)ではその思いは伝わることなく、たちまち娘にとって母は自我の理想を押しつける存在になってしまう。

娘は本当にこのまま母の<思い>を受け取ることは不可能なのだろうか。

娘は母との癒着そのものを否定しなくてはならない。存在を覆い隠すのだ。
息子の場合、近親姦禁止によって母以外の女を求めるのに対し、娘は母の愛を認めるわけにはいかない(同性愛の禁止)。
父への愛から父以外の男への愛へ。母を愛したことは忘却せねばならない。
しかし、母娘の関係は、依然として娘にとっては精神的紐帯を保ったままである。
(p176まで。続く)
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by pangxie | 2004-09-17 03:10