天天好時光

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食について

しゃべり場を見ていて「食」について考えた。
討論自体は途中から関心からずれて真剣に見ていなかったので
番組内容全体について云々できないので関心部分についてのみ言えば、
「米を作った人のことを考えよう」「感謝して食べよう」「貧しい国のことを考えよう」などという意見をもっともなことと思いつつも、重要なのはひとりひとりが、こうした発言をどう受け止めるかということにあるのではないかと感じた。
お説教と受け止めてうっとうしく思うこともあれば、逆にこれまでの自分に反省することがあるのかもしれない。
だからいろんな情報を単なる押し付けではないものとして発し続ければ、心の琴線に触れる結果となることを願うしかあるまい。
ひとりひとりの道徳・倫理にかかっているのだ。

僕もコンビニのバイトなどで目の当たりにしたのはとてつもなく無駄なもので、
売れ残りをゴミ袋に入れても平気なありさま。
もったいないと感じつつも仕事と割り切って捨てていた。
便利さを求めれば一方でこうした無駄が行われていくなどとは感じなかった。

ともかく人の意識を変えるのは容易ならざることではあるが、あきらめずに語り続ければそれがいつか伝わるのではないかという割合に楽観的な気持ちでいるのは、自分がそうであったからだ。
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by pangxie | 2005-01-29 00:17

所謂「教養」とは何か

このごろ実務家と称する人々、企業家と称する人々が大学に「進出」している。
あるいは海外ボランティアなどの課外活動を単位認定に組み込むといった風潮がある。
だが、大学ってこんなことをする場なのだろうか。
レジャーランドなどという非難を浴びせられて久しく、何とか汚名返上したいという気持ちは分からなくはない。だが、単に「実務」に媚びてしまい、結果単なる情報獲得の場としてしか機能しないことが新たな問題となるのは想像に難くはない。
もしかしたら学生はあるいは教員も実務家や企業家の自慢話ないしは裏話-これらを武勇伝とでも言うのか-を聞こうと彼らの講義に嬉々として参加するのかもしれない。
そんなもの「実社会」に出れば上司たちから否が応でも聞かされることだろう。
大学は本来的にはそんな場ではないはずだ。
所謂「教養」を身につける場であり、それはすなわち思考の根幹を身につけること、理論を学ぶことに尽きると思う。
「教養」はもちろん単に本を読むだけでは身につかないのであって、すなわち一方的に講義を聴くばかりではなくて先生と学生と討論をすることによって身につけていくものである。
それがレポート、論文などとなって結実する。
ここに総合的に判断するという視点が求められる。
さきの武勇伝は果たして「教養」を獲得することにおいてどれほど有益なのだろうか、甚だ疑問だ。
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by pangxie | 2005-01-27 23:35

百家講壇

最近、中央テレビの『百家講壇』を観ている。
ネット配信で画像が非常に見づらいのだがきちんと字幕が付いているのに加えて
ホームページに講師のコトバをそのまま掲載しているので復習するにも便利だ。
張愛玲関連のものはもちろん、老舎や女性文学など興味深いテーマがたくさんある。
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by pangxie | 2005-01-26 22:02

最後の授業

今年度最後の授業が終わった。
自分の意見を練り上げられずに終わってしまったことに後悔はあるが
充実した一年だったと思う。
集中講義、講演会を含めば多くの情報を得ることができた。
やはり授業は貴重なものだと改めて感じる今日。
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by pangxie | 2005-01-25 17:25

神戸

学部時代の友人と神戸へ。
異人館や南京町を巡ってのち、阪神大震災のモニュメントを見学。

あれから10年が過ぎていた。
朝、尾張地方にも大きな揺れを生じたが何も支障はなく、
平常どおり高校へ行ってからやっと、ただならぬ様相を呈していることを聞く。
帰れば案の定テレビはすべて神戸の映像。
泣き叫ぶ人に崩れ落ちる建物。

いま、ここにあるそのほとんどが10年の間の
艱難辛苦を経てのちにようやく出来上がったものばかりなのだ。
苦しみを乗り越えてあるいは引きずってここまで生きてきたのだろう。

今度はもう少しゆっくりと神戸の街を見て回りたい。
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by pangxie | 2005-01-24 20:13

ロコローション

紅白歌合戦を今更ながらに見ていたが、
ちょうど波に乗っていると思しいオレンジレンジの歌をきちんと聴いてみて
なぜこのような歌がよいのだろうという気持ちに改めてなった。
とりあえず自分なりの解釈を書いておきたい。曲解を極力避けてはいるが、
怒りの感情と共にしたためているのでひょっとしたら誤解を無意識のうちに生み出しているかもしれないことを言い訳がましく断っておこう。

季節は夏で男の乗った車が海のそばを通る、男がひとりか複数かは定かではない。
その車に女がヒッチハイクする、ここでも女の人数は分からない。
男は隣に座る女の穿いているらしいミニスカートから見える下着に胸を躍らせる。
そして下着から全身へと視線が及ぶにいたり、この隣の女とセックスがしたくなる。

要するにロコローションは男の女とのセックスの願望を歌った歌であると認定することができる。
それを傍証するものとして、歌い手であるオレンジレンジの表現上の演出である手の動きなどがある。

聴いても見ても気分が悪くなる歌だった。
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by pangxie | 2005-01-21 09:12

怠惰から脱け出たいという気持ちだけはある

昼夜逆転の生活。

中国語ニュースを聴いて、本を読んでの繰り返しの一日。
必読もあるし中検もある。

TOEICも受けようと思ったが中検と重なるために今回は見送ることにする。

毎日を怠惰に過ごすことはもうやめにして
少しは「まとも」にしてみようと思ってはいるがこれも思いのままで
実行に移せないなんてことはなしにしようと、
新年に決意を新たにしたばかりにも関わらず
もうすでに自信を喪失しかけている。
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by pangxie | 2005-01-20 08:17

相変わらず忙しい

論文を出してからも慌しい日が続きそう。
諸々の書類作成に加え、必読文献にも呻吟するありさまに、
いまさらにして辟易するのは進化していない証拠。

この長期休暇はあれもこれもして、
時間を無駄にしないようにと思っている。

アクティヴに動かないと、対象からは近寄ってこないこと、
すでに幾多の経験で以って身にしみた(つもり)。

睡眠時間を惜しんでさえ、動き回らないとという
決意だけはあるのだが。。。
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by pangxie | 2005-01-15 00:26

苦節

やっと修論が出せた。
苦節4年。人の二倍もかかってりゃ世話ないな。

危機感を感じ始めたのが、正月3ヶ日も終わろうとする頃。
中国人の先輩に頼んで、ネイティヴチェックしてもらった。
初日はガストで5時間、マックで1時間ほど。
それからは、やはり大学にしようとのことで、大学で朝から晩まで。
本当にありがとうございました。

あと、嬉しかったのは、前日に励ましのメールを送ってくれたり、
後日、提出したかどうかのメールをくれたこと。
気に掛けてくださる人がいたことに、本当に感謝しています。

また、今年何が何でも提出するぞ、と共に戦った盟友(???)の
Sさんには本当に鼓舞させられました。
へこたれそうというときに、声を掛けてくれました。

ひとりでは何もできないんだなあという非力感よりも、
多くの励ましにより提出できたことの喜びのほうが勝っている。

まだ、いろいろ忙しいけれど、2月中頃には落ち着くかな。
そうしたら、どこかまた遊んだり、食べに行ったりしたい。
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by pangxie | 2005-01-14 01:27