天天好時光

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かさむ出費

二次試験に向けて、健康診断を受けなくてはならない。
大学では無料でできるにも関わらず、しかも自費で。

なるだけ出費を抑えたいので、あちこちに問い合わせをする。

近所の市民病院では一日で結果の出せるということなので、
早速予約をする。
加えて見積もりも出してもらう。
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by pangxie | 2005-03-29 23:54

一次通過

某奨学金の試験はどうにか一次通過。
指導教官に報告すると、
面接のアドバイスを受ける。
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by pangxie | 2005-03-28 20:45

修了式

昼過ぎに大学に着き、駅から地上に出ると季節はずれの雪が。
研究科の修了式に参加。
会場でおよそ半年ぶりのMさん、Yさんに遭遇。
懐かしむ間もなく式が始まる。
ひとりひとり名前を読んで修了証受けとるなんて聞いていなかった。

終わったら部屋で三人で雑談。
二人とも就職先が決まっていて何よりだ。

歓送会は狭いラウンジで。
年々質素になっていくのは気のせいか。
まあ会費500円じゃ仕方あるまい。

歓送会を途中でぬけて先生の研究室へあいさつに。
少し話してデジカメで記念写真を撮って解散。

気が付いたら5時過ぎ。
家路が真冬のように寒かった。
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by pangxie | 2005-03-25 22:39

万博反対

今日、万博の開会式が挙行された。
愛・未来博と銘打って、「自然との叡智」をうたう。
その実、トヨタ博などと揶揄されるように、
地元産業を盛り上げるのが最優先で、「自然」などは二の次なのである。

反対派とはろくに対話もしないまま、着々と粛々と開催に向けて
自然を破壊して、その場に漫画みたいな近未来の虚構空間を築き上げた。

会場である瀬戸の市議のひとりが、
反対派であるがために開会式に招待されなかった。
ほかの市議は皆招待されたうえ、
本人にも打診のあり出席の旨伝えていたにもかかわらずである。

反対するものは来なくてもよいというメッセージである。
反対するものの言うことなど聞く耳持たないというのは、
いまに始まったことではないのだが。
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by pangxie | 2005-03-24 23:35

高い複写

大学で論文複写を受けとる。
一枚35円×8枚+郵送料80円=360円

高い。


今日は大山ドラえもん最終日。
1979年より放送のこと。
ぼくが1歳になる頃から始まっていたのである。

盛大に代替わりをおこなうのかと思ったが、当てが外れた。
恐らく二代目にシフトしやすくするための措置なのだろう。
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by pangxie | 2005-03-18 21:26

復活

昨日今日と家で寝て過ごす。
やろうと思っていること、やらなくてはならないことが沢山あるにも関わらず。

『渡る世間は鬼ばかり』に沢田雅子復活の兆し。
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by pangxie | 2005-03-17 22:23

流星花園

『流星学園』が東海地方でも放映され始めた。
これは台湾のドラマであるが、日本の漫画『花より男子』が原作。

副音声なので、中国語で聞いてみてもなかなか聞き取れない。

まだまだ勉強が必要だ。
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by pangxie | 2005-03-15 23:38

中中辞典

大学で論文複写を申し込む。
それから大学では何をしようという気もおこらなかったので、早めに帰宅。

地元の100均ショップでバターナイフと、本屋で中国語ジャーナルを買って帰る。
この春休みから中中辞典を使って学習しているが、
日本語の説明よりも簡潔で、意味調べはこちらがよいと思う。

“好”などの簡単な語句を調べるのが楽しい。
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by pangxie | 2005-03-14 20:14

漫然たる一日

昨日は祖父の法要だったが、ジェンダーのイベントのために行けなかった。
両親が、土産(といいつつも在所は名古屋なのだが)をたんともらってきた。
ういろう、おかき、うどんなど。
ういろうはやはり白が一番。
そういえばういろうの由来をどこかで読んだような記憶があるが、覚えていない。
うどんは母がゆでたが、分量をまちがえたのか、かなり余ってしまった。

日中は何をする気も起こらなくて、漫然とテレビやビデオを観たりして過ごす。
ビデオに録ったままにしておいた『黄落 その後』を観る。
老いの問題とジェンダーが絡んでいてなるほどと思った。
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by pangxie | 2005-03-13 22:42

写真とジェンダー

ある団体のレクチャーを聴講しに鶴舞まで。
写真からジェンダーを考えるといった内容。

百貨店の化粧品売り場に見られる各ブランドの広告写真。
それらを丹念に分析しつつ、そこに現われる女性性/男性性を浮き彫りにする。

デジカメの広告に多く女の手が使われるのも、
そのコンパクトさを強調するためであることを知る。

そうした固定されたジェンダーに抗う作品群もある。
女性性/男性性を過剰な模倣を通してパロディ化していくのだ。
あるいは切り取りして男/女を渾然一体にさせる。
あるいは男とも女とも見分けのつけにくいような撮影をする。

行き着くところ、やはり過剰な模倣、バトラーの言った「パフォーマティヴィティ」か。
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by pangxie | 2005-03-12 21:46