天天好時光

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バトン

1.回す人を最初に書いておく。
  誰でも、時間のあるときに。
2.お名前は?
  pangxie
 3.おいくつですか?
  27歳 。
4.ご職業は?
  学生。博士課程1年生。
5.ご趣味は?
 メインは、食う・寝る・遊ぶ。ほかに、読書、映画鑑賞、民歌収集など。
6.好きな異性のタイプは?
 やさしい人。
7.特技は?
 物忘れ。最近、本当にひどくなってきました。日記に書こうと思っていることを、書いてる最中に忘れることが、しばしばあります。
8.資格、何か持ってますか?
  HSK・中検・TECC。
9.悩みは何かありますか?
 いまの悩みは、勉強のできないこと。
10.お好きな食べものとお嫌いなたべものは?
 好きな食べ物・・・やわらかくて、おいしいもの。紅焼肉、回鍋肉、天ぷら、ケーキなど。
 嫌いな食べ物・・・臭うもの。生もの。納豆、臭豆腐、うに、いくらなど。
11.貴方が愛する人へ一言
 わたしには、「エロスの不可能性」が刻まれた愛しかない。だがわたしは、「エロスの不可能性」を知ることはできる。
12.回す人5人を指名すると同時に、その人の他者紹介を簡単におねがいします。
 7月1日に、ぼくのページを見てくれた方にお願いしたいです。
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by pangxie | 2006-06-30 23:38

にんにく屋

日本人大勢と、にんにく屋に行ってきた。日本人の経営する店である。同じ名前の店が神戸にあるそうだが、それとは無関係である。

行きのタクシーの中で、運転手が、ぼくたちが日本人だと分かると、突然「ミシミシ」を連発してきた。これは、日本語の「飯、飯」のこと。中国人の一番よく知ってる日本語は「ミシミシ」と「バッキャロー」で、日本人の一番よく知ってる中国語は「ニーハオ」、「シェシェ」の類であるというのを、読んだことがある。

その運転手は、もうすぐ行き先に着こうというとき、「日本人は30年代に、上海で中国人を70万も殺したんだぞ。大したものだ」と言っていた。そんなこと言われても、なんと返答してよいのやら。

店では、50パーセント割引券のおかげで、食べたいものを、なんでもかんでも食べることができた。日本料理は、ひとりでは、ほとんど来る機会がないので、よかった。これまで、ビジネスクラスの方たちとは、ほとんどお会いすることがなかったので、今日は、いろいろと話をすることができた。アルバイトをする人もいたり、塾に通う人もいたりで、皆さん、夏休みを無益に過ごすつもりは、さらさらないようである。ぼくも見習って、ある程度の計画を立てなくては。無計画のままであるよりは、おおざっぱでも、一応計画を立てて、それを目標にしたほうが、よいに決まっている。とりあえず、いまの目標は、ふたつ。中国語とダイエットである。夏にダイエットは辛いかもしれないが、走ったり、邪魔にならぬ程度に混じらせてもらって、頑張りたい。もっとも、なんでもかんでも食べていたら、ダイエットはできないのだが。でも、なんでもかんでも食べたにも拘わらず、ひとりあたり75元であった。半額チケットを持っていた同学S氏に、感謝感謝である。

少爺と呼ばれる同学の、細心な心遣いに、脱帽した。ぼくが、のべつまくなしに喋ってるうちに、彼は、お代を立て替えておいてくれた。そのような気配りを習得している人は、就職活動において、とても有利な位置に立てるという。今回は、ぼくが「幹事役」を仰せつかっていたのに、彼にそのようなことをさせてしまって、とても申し訳なく思う。そもそも、日時の調節やら店の按配まで、同学諸氏にやっていただいたではなかったか。これではダメだ、と反省。

それから、新天地に移って、バーに入った。ぼくは、東京ナントカ(lost in Tokyoだったか)というカクテルを飲んだ。皆、めいめいに好きなものを頼んだが、偶然、同学G氏と同じものになった。彼のこと、注文するときに考えたことは、ぼくと同じであろう。そう思うと、なんだか複雑な心境である。しばらくして、彼は、カクテルについていた果実を食べ始めた。彼に何だったか尋ねると、「梅」だという。そんなはずはないだろう、と異を唱えたら、彼は、梅だと言い張る。同学が、ぼくのに残ってるその果実を食べて確認したところ、果たして梅であった。非は非としてちゃんと認めるので、彼に謝罪をした。彼の、してやったり、という表情は、まさに勝者のそれであった。あと、彼の無邪気に梅を食べる姿を、写真に取れなかったのが、遺憾である。

写真と言えば、今日は、ぼくの能力のなさを、思い知らされた。バーで、自分の飲んだ東京ナントカを写真に撮った。その写真を見せたら、笑われてしまった。同学P氏に曰く、「場末のバーみたい」だの「武東路」だのと、散々な評価。そう言われてごもっとも、という妥当な評価である。いちいち納得してしまう自分も、また情けない。このようなみっともない写真では、記念もへったくれもない。能力のないぼくに、同情をしてくださったのか、同学S氏が、模範を撮ってくださった。
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by pangxie | 2006-06-30 09:45

上島珈琲

中国同学と上島珈琲で昼食を食べた。上海の喫茶店では、だいたいのところで、無料でインターネットができる。自分のパソコンに、あらかじめ、そういうシステムが入っているか、入っていなければ、電気屋に売っている無線カードを買えば、できる。しかし、今日、同学がネットしようとしたら、つながらなかった。おかしいと思って、店員に聞くと、14時以降じゃないとつながらない、との返答。同学は、なんてケチなんだろう、と憤慨した。他の上島珈琲では、朝からでも、ネットができると言っていた。ここが14時以降からなのは、おそらく長居する客対策なのだろう。
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by pangxie | 2006-06-29 17:01

日文中訳

家庭教師と勉強していたら、日文中訳が、前よりもできなくなっていることに、気がついた。簡単なコトバを使い間違えたり、名詞としての用法しかない単語を、動詞として使ってしまったりして、基本的なことを、すっかり忘れていた。一時帰国したときに、作文のテキストを買って持ってきたから、遅ればせながら、やってみようと思う。これからしばらくの課題は、「習慣用語」と作文にする。夏休みを利用して、頑張りたい。

勉強終了後、睡魔に襲われながら、部屋に戻った。3時間ほど昼寝をしてから、五角場に行って夕食を済ませた。ひさしぶりの紅焼肉である。ついでに新しいヘッドホンを買って、武東路を歩いていたら、同学に遭遇した。

カフェーで可可冰沙を飲みながら、話をしていると、サッカーが始まった。ぼくは、試合を見ても何とも思わないのだが、今回、同学が解説をしてくれたので、ほんの少しだけ、利口になった気がした。いまのスポーツは、パワーを重視している、という指摘は、興味深かった。
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by pangxie | 2006-06-28 03:57

Say no to racism

今回のワールドカップのスローガンは、「Say no to racism」である。最近の、人種差別的な言動に対する批判である。ワールドカップは、すぐれて政治的なメッセージを発している。小倉利丸氏は、日本のメディアは、このことをちゃんと報道していない、と言う。その原因を、以下のように分析する。

「もうひとつの問題は、いうまでもなく、日本のメディアだ。人種差別とワールドカップは無関係だとか、スポーツに政治を持ち込むなとか、という建前が通用しないのがサッカーだということはよく知られているが、日本のスポーツ文化は脱政治的であることを好む。(もちろん、表向きの話だ)理由ははっきりしている、大衆文化が政治化するとき、とりわけ反政府的な傾向を持つとき、文化は大きな力となるからだ。」

最後の一文については、もうすこし具体的な説明が欲しかった。

つぎに、ナショナリズムの問題については、以下のように述べている。

「サッカーの試合を見るたびに、巨大な日の丸の旗や、日の丸のフェースペインティングをしたサポーターたちの屈託のない笑顔を見るたびに私は憂鬱になる(日の丸に憂鬱になるのだが)。じつは、国際試合が国別対抗という形式をとる限り、上に述べたようなさまざまな社会的な対立や摩擦を反映したファンの社会集団も結局はナショナルなアイデンティティに収斂することになるのだろうか?そしてナショナルな対立の構図に回収されてしまうのだろうか。ネオナチのような有色人種やユダヤ人差別は許されなくても、国家やナショナリズムを排除できない国別の国際試合は、結局の所、植民地主義(アンゴラとオランダ、ガーナとイングランド、ドイツとポーランド、そして韓国と日本など)の記憶をその旗や歌といったシンボルによって喚起することからは逃れられない。このジレンマのなかから、ナショナリズムを相対化するきっかけをつかむことは大変難しい。むしろ、日の丸や君が代は日常化され脱歴史化されたナショナルなアイデンティティのシンボルとして再生産される。しかし、こうして再生産されるナショナルなシンボルを見たり聞いたりするアジアの人々の感じかたは、日本のサポーターたちとは異なる感情や歴史的な背景をもっているということを、日本のサポーターやファンたちは真剣に理解しようとしているだろうか。」

この文章を読んで、中国や韓国の、日本に対する対抗意識(があるものと、勝手にみなしているに過ぎないのだが)を、やはり、ポストコロニアルの視点からも、見てゆかなくてはならないのではないか、と思った。

また、最近注目されている、資本のグローバル化に伴う新たな植民地主義(帝国、だったかな?)の視点からも、考えなくてはならない。

「もうひとつ、最後に。いつもスポーツイベントで大きな問題になるのがスポーツウェアに関する子どもの労働や第三世界の搾取の問題だ。今回もこの問題では、オックスファムが大手スポーツメーカーへの調査を実施した。日本の企業では、ミズノとアシックスが対象となり、ミズノに対しては、「より積極的なダイアログの開催や、独立した労働組合や労働人権団体との協力関係の構築を通して、サプライチェーン内での人権に関する認識の向上を進めることを強く求めています。」という結果になっている。」
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by pangxie | 2006-06-27 02:55

普通の速さ

ヘッドホンが壊れた。これで3回目である。最初に買ったのは、30元ほどの安物で、1ヶ月でダメになった。ふたつめも、だいたい30元ほどだった。2、3ヶ月はもったと思う。みっつめは、奮発して、マイクつきの80元のを買った。2月に買ったので、5ヶ月ほどか。別に乱暴に扱っているわけでもないのに、数ヶ月で壊れてしまうとは、どういうことか。

昨日買った慣用句の録音教材。音質が、ものすごく、悪い。声も、なんだか古い感じ。でも、買ってしまったので、我慢して聞く。この教材は、HSK用のものである。それとはべつに、4月から使い始めた慣用表現の会話テキストは、とてもよい。これも、録音は、ちょっとゆっくりめで、臨場感もへったくれもない。「普通の速さ」がどんな速さか、自分でもよく分からないが、教材の録音は、どれもこれも、イマイチである。テキストがよいだけに、残念である。
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by pangxie | 2006-06-25 19:37

思春期(メモ)

それぞれの時代に、問題があった。

戦前:赤面恐怖、対人恐怖
1960年代:登校拒否 些細な傷つきからくる腹痛、頭痛などの身体症状
1970年代:家庭内暴力
1980年代:教師に対する暴力 女児の摂食障害、自傷行為
1990年代:解離性障害、児童虐待のトラウマなどの、心的外傷に起因する精神疾患

戦前は、家父長制による、父の権威に対する緊張があった。60年代になると、父の権威が弱くなりはじめ、それに対して母の力が強くなってゆく。子の暴力は、家庭内での強大な存在、過干渉な母への対抗手段である。70年代には、父の力は、それを制止できないまでに、弱くなった。80年代からは、精神と身体の乖離、と言われる現象が見られるようになった(この点は、まだ不明瞭)。現代社会は、父性と母性が、ともに欠如している。しかし、だからといって、いまもてはやされている戦前の家族のあり方がよいとは言えない。あの頃はよかった、というけれども、そこには、過去を美化しすぎるきらいがある。
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by pangxie | 2006-06-24 22:19

新天地に行ってきた

昨日の話。食事会があるので、新天地に行った。そのまえに、淮海路あたりを歩こうと思って、昼頃に、宿舎を出た。宿舎を出たところで、中文の先輩にお会いした。この先輩とは、先学期、同じ授業を受講したことがある。また、出ておくべき授業についても、紹介してくださったことがある。3ヶ月ほど、日本に帰っていたという。

淮海路までは、バスに乗って行った。960号の巴林路で乗り換え、旅遊10号線で嵩山路で降りる、という行き方である。537号は、乗り換えなしで行けるが、いつも混んでいるので、あまり利用しなくなった。それに、旅遊10号線は、クッションのある椅子で、腰にやさしい。

ウインドーショッピングをして疲れたので、思南路のスターバックスで休憩した。店員おすすめの、チョコレート冰沙を飲みながら、本を読んだり、中国語を勉強したりした。それから、またしばらく歩いて、太平洋百貨店の斜め向かいにある電気屋で、MP3やゲーム機を見た。日本のPSが1300元。MP3はピンキリで、安いものは300元ほどであった。MP3は便利そうなので、買おうと思ったけれども、カセットが聞けないので、やめた。中国の音声教材は、まだカセットが主流である。

新天地に着いた頃には、また汗ばんできて、気持ち悪かった。時間になるまで、カフェで休憩することにした。注文したのは、バニラチョコレート冰沙。バニラの味が余分だった。

新天地は、じつに久しぶりである。1月以来であろうか。24時間監視部屋みたいなものがあって、人だかりができていた。何が面白いのか、不思議であった。

食事会は、六会館にて。上海料理の店である。そこで、某大学の後輩さんを、紹介していただいた。メディアを専攻されているという。上海に来る目的も、いろいろあるものだなあ、と思った。今までに、漢語、中文、歴史、法律、政治、経済など、さまざまの学部に籍を置き、勉強されている方にお会いすることができた。これは、総合大学たる復旦でこそ、可能なことであろう。

店を出ると、ものすごい人。となりの鼎泰豊もすごかったし、オープンカフェやバーも、人でいっぱいだった。そういえば、「花金」であった。なるほど、日本と同じで、上海でも、ホワイトカラーたちは、週末に仲間たちと食べたり飲んだりするのか、と意外な発見であった。もちろん、観光客もいたけれども。
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by pangxie | 2006-06-24 21:41

リセットは、無理

「何もかも嫌になってリセットしたかった」。

人生は、過去に遡って赤ちゃんからやり直すことなど、できない。だから、本来的に、「リセット」は、ありえない。人生は、楽しいことも、辛いことも、すべて背負っていかなくてはならないものである。「人生楽ありゃ苦もあるさ」。ドラマ水戸黄門の主題歌である。ベートーベンは、苦悩をこえての歓喜、と言った。さきの発言は、まるで、テレビゲームをやり直すかのようなものである。

テレビゲームの悪いのは、人間の暴力的な側面を、助長させるところである。〈悪〉を設定して、それを懲らしめようとする、ひとりよがりの正義感。それは、〈悪〉に勝ったときに、はじめて満たされるもの。負けても大丈夫。テレビゲームだから、やり直しがきく。他者を傷つける行為を、暴力と認識しないで、平気でしてしまう。それがテレビゲームの世界である。こんなものの氾濫する中では、バーチャルとリアルの区別ができているようで、できていないのかもしれない。

冒頭の発言をした人が、テレビゲーム愛好者であったかどうかは、分からない。「リセット」という言葉にひっかかったから、短絡させてしまった。しかし、リセットが容易にできる、という考え方が、世の中にある程度蔓延していることは、間違いないと思う。

もし、ぼくのような言い方が、テレビゲームに対する見方を不当に貶めているとしたら、考えを改めなくてはならないだろう。
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by pangxie | 2006-06-23 12:19

そうだ

そうだ。ビザ申請の秘訣を、教えていただいたのだった。教えていただかなかったら、きっと、知らないまま申請してしまうに違いない。忘れないように、いまのうちに、ちゃんと手帳に記しておく。先輩に、感謝申し上げます。
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by pangxie | 2006-06-23 01:45