天天好時光

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外出

用があって、古北に行ってきた。これまでは537路で人民広場まで乗り、925路に乗り換えて水城路で降りるか、537路で淮海東路まで乗り、911路に乗り換えて水城路で降りていた。

今日は、帰りに別の路線を、偶然見つけた。69路(名都城の前にあるバス停)で普善路まで乗り、同じバス停から866路で邯鄲路の復旦大学前まで乗る。そうすると、先のふたつの行き方よりも早く行けると思う。さらに、地下鉄二号線が延伸したようなので、それを利用すれば、また別の行き方があるかもしれない。

それにしても、つくづく上海に留学してよかった、と思う。

古北地区は日本人がたくさん住んでいるため、日本料理店や日本のものを取り扱ったスーパーなどがあって、便利。静安寺には久光というデパートがあって、そこにも日本のものを取り扱っている。うどんやラーメンも食べられる。また、ファミレスもあるし、カレーや牛丼も食べられる。カレーや牛丼は、日本のチェーン店がやっているので、はなから味は期待していないが、中華に飽きたときには、選択のうちに入ることがある。値段も上海では高いのかもしれないが、日本に比べれば2、3割は安い。街を歩いていれば、いたるところにスタバがあって、歩きつかれたとき、ちょっと本を読みたいときに寄ることができる。このような生活は、香港や台湾を除けば、上海でしか実現しえないものである。

私は何も中国人学生と同等の生活をしたいからという理由で、中国に来たわけではない。中国人は質素な生活をしているのにお前の生活はとても贅沢だ、などと叱られることがままあるが、はっきりいって大きなお世話である。私は自分の身の丈にあった生活をしているだけであって、人に迷惑をかけているわけではない。
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by pangxie | 2007-02-28 11:57

スーパーでのできごと

五角場にウォルマート(沃爾瑪)ができて以来、重宝している。ここができてからは、大潤発や楽購へは行かなくなった。難点は広すぎて疲れることとレジがのろいことであるが、これはどこのスーパーでも同じ。

今日、店内のエスカレーターに乗っているとき、若い男が後ろからなにやらぼそぼそ話しかけてきた。変な奴だといぶかしく思っていると、バッグのファスナーが開いているから閉めたほうがいいよ、店の中は人が多いから危険だよ、と忠告してくれたのであった。

帰り道、いぶかしく思った自分を恥ずかしく思った。
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by pangxie | 2007-02-26 17:35

変なCD屋

政民路に一軒のCD屋がある。そこは他の店とは違って、外国ものがたくさん揃っている。外から見ただけで、店主のただならぬこだわりが、伝わってくる。私はこの店を「変なCD屋」と呼ぶ。あるとき、その呼び方を批判する人がいた。

批判は、はっきり言って、大きなお世話。私がほかの店と比べて、変ではないかと思っているのである。だから変なCD屋と呼ぶ。別に店主を非難してのことではない。

人はどうやら「変」と言うことばを、マイナスイメージに捉えすぎる傾向にある。辞書で「変」ということばを調べると、たしかに「普通と違って妙なようす。不思議なようす。また、怪しいようす」とあるが、さらに「思いがけないようす」という意味を載せているものもある。

私は変であることがよくないことだとは、決して思わない。だから変なCD屋と呼ぶのは、あくまで私自身の主観に基づいているが、決して非難や嘲笑の意味を込めたものではないことを理解してもらえれば、と思う。

世の中中立公平を装った発言をする人が多くいるが、このような主観を持たない発言を、私はどうしても虚偽と見なしてしまう。中立公平(を装うこと?)は、相手を思いやっての結果ではない。自分を守るための処世術である。これを八方美人という。

私的な場ですら言いたいことが言えないとは、まことに残念なことである。
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by pangxie | 2007-02-23 12:26

どうにもこうにも

映画をふたつ、百家講壇を2回分。戦国の七雄、宋代、近代上海、とめまぐるしく歴史を俯瞰した感じがする。

今回は、そのうちの『墨攻』について、感想を書いてみた。

『墨攻』は、墨家の革離が小国梁の戦いに加担する物語。墨家の思想は戦時には有効であっても、ひとたび天下泰平になればいともたやすく捨てられてしまう。思想というのは独裁者の都合のよいときに、どうにでもすることができる。どんな思想であれ、自らの地位と権力を守るものであれば、かまわない。独裁者には節操のなさが求められるのである。梁の大王は、革離が功成り名を遂げたことによって、自らのカリスマを失うのではないか、と危惧した。ゆえに今度は恩人である革離を、謀反のかどで殺そうとした。

革離はあまりに愚直であった。その愚直さのせいで、彼に思いを寄せるひとりの女の声を奪い、死へと追いやった。犠牲は彼自身ではなく、彼の周囲の弱い存在に、もっとも悲惨な形でもたらされる。このことを革離自身はどのように捉えたのであろうか。残念ながら、映画の中ではこのことは描かれていない。

不満はこれだけではない。

本作品は日本の漫画が原作ということもあってか、「小人物」(中国語の意味における)のエピソードが、いくつも挿入される。もっとも、これによって先に述べた革離の愚直さがより際だって見えるのであり、この点では小人物の物語は不可欠であろう。しかし、それを認めたうえで敢えて言いたいのは、描かれている小人物の姑息な生き方、したたかな生き方が、どの作品でもありそうな、ありふれた陳腐な描写でありはしないか、ということである。いかにも漫画らしいと言ってしまえば、漫画をバカにしている、冒涜している、と叱られるかもしれない。だが私の少ない漫画講読経験からしても、あるいはそれゆえに、本作品の小市民像はあまりに陳腐だと言わざるを得ないのである。ここに私は漫画のひとつの限界を感じてしまう。漫画の原作は小説なので、現代日本の通俗小説の限界、と言い換えて差し支えないのかもしれない。もっとも、この陳腐さが通俗の通俗たるゆえんであるが。この点は、原作を見てから改めて判断したい(そんな機会が今後あるかどうかは不明)。それはさておき、日本流の「俗」が果たして中国ではどのように受け容れられたのであろうか、興味深い問題である。

以上、ただ不満を挙げ連ねただけになってしまったが、とにもかくにも、これが私の『墨攻』鑑賞後の偽りのない感想である。
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by pangxie | 2007-02-21 16:15

大歓迎

昼から、上海書城と豫園に行ってきた。123路を利用したが、途中の海寧路を過ぎたあたりから道行く人が多くなって、バンドや南京路は、ものすごい人だかり。福州路もかなりの賑わいであった。書城で映画などのDVDを購入した後、河南中路で66路に乗り、豫園まで。ここもすごい人。押し合いへし合いでどうにか南翔小籠包に到着。食べるのはもちろん3階であるが、それでも3、40分は待たされたように思う。2階や1階は、さらに多くの人が、行列をなしていた。それから少し買い物したあと、寧波湯円で食後のおやつ。帰りはもちろん537路。それからローソンでジュースを買って、隣のDVD屋で映画やドラマを買って、帰宅。

帰ってから、今日もまた夜更かしして、DVDの鑑賞。映画『党の娘』に始まり、宋代文人、ネットで流行った歌、宋祖英、とそれぞれの趣向を見事に反映した内容であった。自分の課題とは異なる分野を勉強する、よいきっかけにもなるので、こういう夜更かしは、大歓迎である。パソコンの知識も得られるし。
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by pangxie | 2007-02-20 04:28

おかげさまで

同学と、映画、百家講壇の始皇帝暗殺に関する講義、そして噴飯ものの毛沢東文芸を観た。それからさらに私の部屋の本をいろいろとめくっては話をした。一緒に付き合ってくれた方のおかげで、歴史について、ちょっとだけ知識を得ることができた。百家講壇は、とりあえず引用されている元の映画を観てから、改めて観直そう、ということで意見が一致。

映画については、好評を得ることができたので、おすすめした私もほっとした。北京が舞台の映画であるが、1ヵ月の滞在経験を持つ某氏の、映画に出てくる場面がどこであるかをちゃんと把握しておられたのには、ただただ感心するのみである。

夜の9時半から夜中の3時近くまで。楽しいことをしていると、あっという間に時間が経ってしまうものである。おかげで漢文を学びなおそうという気持ちになった。感謝感謝。
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by pangxie | 2007-02-19 04:21

財布がない

宝山に行こうとして、江湾鎮から旅遊5号線に乗った。このバスは交通カードが使えなく、現金で払わなくてはいけないらしい。まことに不便なことである。仕方ないので現金で払おうとして、カバンの中にあるはずの財布をさがすも、見つからない。

ひょっとして、すられたのか。それとも部屋に忘れたのか。途中で降ろしてもらって、あわてて宿舎に戻る。部屋中を探し回っても見つからない。カバンをひっくり返しても見つからない。カードも、日本円もすべて入っていたのに、この先どうしようか。不安な気持ちで胸がいっぱいになった。

こういうときは落ち着いて考えるに限る。それからもういちど部屋を探しなおすと、なんと雑巾の下に隠れていたではないか。足の力が一気に抜けて、寿命の縮まる思いをした。慌てて準備をすると、こういう馬鹿をしてしまう。

留学してから、財布を部屋に忘れたのは、これで何度目であろうか。。。
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by pangxie | 2007-02-15 22:34

絶版

欲しい本があったので、久々に宜山路に行ってきた。その前に淮海路で用事を済ませるため、軽軌(3号線)を利用。最近延伸したせいで、江湾鎮が始発でなくなり、座れないと思っていたが、時間がよかったのか、運よく座れた。上海火車站まで乗って、1号線に乗り換え。この乗り換えの道のりが、ものすごく長くて、疲れる。

淮海路からは926路で徐家匯へ。さらに93路に乗り換えて、中山南路で下車すれば、目当ての宜山路の博庫書城に到着する。ここは田林路や上海師範大学のある桂林路に近い。べつに鹿鳴でも南区でも上海書城でもよかったが、気分転換もかねて、あえて遠い本屋に行った。結局欲しかった本はすでに絶版状態で、新書では購入不能。半年ほど前には、ここで見たように覚えているのであるが、パソコンで検索しても、在庫なし。だいぶまえに、気に入った本はすぐに買え、と教えていただいたことがあるが、まさにそうである。あとは古書店に出ているのを願うのみ。
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by pangxie | 2007-02-14 22:31

不愉快なこと

転んで足を打ってしまった。しばらくは濡らしたタオルで冷やしていたものの、次第にジンジンしてきて痛みもひどくなってきた。寝ていた同学を起こしてしまって、さらには軟膏を塗って、シップを貼っていただいた。これで明日はラクになると思うが。

春節前になんでこんな目にあわなくてはならないのか。こんなことなら夕食など行かなければよかった。

もっとも腹の立つのは、私をこんな目に合わせた当事者が、手を貸してくれるどころか、そばで私を見ながら笑っていたことである。人の転んだのを見て何が楽しいのか、まったく理解できない。人をバカにして笑うことを嘲笑と言うが、あのときの彼らは、転んだ私を見て、文字通り嘲笑したのである。じつに不愉快だ。
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by pangxie | 2007-02-13 23:32

ある一日

久々に豫園に行ってきた。行きの537路を待っていると、バス停に友人がいて、急遽一緒に行くことに。天福でお茶とお菓子を購入。商場内にある寧波湯円を食べる。それから南京東路まで歩き、これまた久々の夜の南京路を見てから、夕食は揚州飯店で。今回は満席で20分ほど待たされた。最後の締めは許留山。もちろんマンゴーを堪能。人民広場でもみくちゃにされながらも、無事座ることのできた537で帰宅。そして我が小汚い部屋でパソコンを調整してもらい、少し歓談して、解散。
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by pangxie | 2007-02-13 10:06