天天好時光

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無理は禁物

パウラナーで夕食。

今回は新天地ではなくて浦東の店へ。テラスでは外灘の景色を見ることができるが、暑いのが嫌なので店の中で食べた。モッツァレラチーズとトマトのサラダ、シュニッツェル、ビーフストロガノフ、マッシュポテト、ソーセージの盛り合わせを注文。6時前に入ったのだが、4時から7時まではビールが半額とのこと。ちょっと得した気分。

ここでは店員さんが流暢な英語で話しかけてくる。もちろん中国語で応対することもできる。中国語で話せばよかったものを、無理して英語を使おうとしたから、大恥かいた。

「ブレッド」は中学1年で習う単語。しかし私はずっと店員さんに「パン!パン!パン!パン!」と連呼。店員さんは分かるはずもなく失笑。

人間無理は禁物、とつくづく思い知った次第。

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by pangxie | 2007-06-30 13:00

値段と質

これまでに買った本を少し整理した。そしたら同じ本が何冊も出てきた。中国は研究書でも一般書と同じような価格で出ているので、目に留まったらすぐ買うようにしていた。ちゃんと確かめないからこういうアホなことになってしまう。

許留山は香港に本店がある、マンゴープリンのおいしい店。味はよいが店員はダメ。やる気がなさそうな連中ばかり。上海では香港よりも高い価格設定にしているのだから、相応のサービスをしないと。

以前ガイドブックで見たシノワズリの店。移転したと聞いていたが、どこかと思えばなんと高安路バス停のすぐそばだった。上海図書館に行くときはいつもここで降りていたのに、全然気がつかなかった。今度立ち寄ってみよう。

パソコンで音楽を聴いたり映画を観るために使っていたヘッドホンが壊れた。中国のものは安いけどすぐに壊れるから、ダメだ。食べ物もそうだ。安いものは安いなりの味しかしない。昨日食べたスイカもものすごくまずくて、もったいないけど最後まで食べきることができなかった。安くてまずいなら、少々値が張ってもおいしいものを食べたいものだ。
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by pangxie | 2007-06-24 00:24

蘇州と名古屋が似てるって?

朝から図書館に行くつもりが二度寝してしまって大遅刻。その前に本を買っておきたかったので福州路に寄り道して、さらに昼まで食べたものだから、図書館に着いたのは結局2時近く。

昔の雑誌をあれこれめくっていると、蘇州のことを書いたエッセイが気になった。そこにはこう書いてある。

「かつて蘇州を褒め称えた人は、東方のベニスという。また日本の古城名古屋に似ているという人もいる。残念なことにこのふたつの名勝には私は行ったことがないので、比べられないのだが。」

たしかに蘇州を東方のベニスという人はいる。しかし名古屋に似ているなどとは聞いたことがない。ベニスは水郷だが名古屋は違う。何かの間違いじゃないのか?

このエッセイを書いたのは「君匡」という人。調べてみると、40年代上海で共産党の地下組織で活躍した哲非という編集者のペンネームだった。抗日戦争後は革命根拠地に赴き、解放後は中国人民解放軍の部隊にで仕事をしたという。

ここには「蘇州夜曲」の中国語訳も書いてあって面白い。「蘇州夜曲」は当時李香蘭が歌ってヒットした曲。

君がみ胸に 抱かれて聞くは 
夢の船歌 鳥の歌
水の蘇州の 花散る春を 
惜しむか柳が すすり泣く

花を浮かべて 流れる水の 
明日の行方は 知らねども
今宵映した 君の姿 
消えてくれるな いつまでも

髪に飾ろか 口づけしよか 
君が手折りし 桃の花
涙ぐむよな おぼろの月に 
鐘が鳴ります 寒山寺

これを「君匡」こと哲非は次のように訳している(哲非は上のエッセイで訳した歌詞が間違いであるということで、掲載誌の翌月号に訂正を載せている。 ここでは訂正したもののみを載せる)。

抱在你胸前,聽到了
夢的船歌,鳥語。
水國蘇州,是為惜花謝春時:
垂柳的啜泣。

流水漂浮著落花,
即便未知明天去處,
今宵映著了兩人的姿影,
莫消逝啊,到天長地久。

戴在鬢邊,還是吻它一吻呢
是你手折的,這桃花?
且莫含涙啊!在朦朧月下
鐘聲來自寒山寺。

直訳としてはいいかもしれないけど、そのまま歌うわけにはいかない。これよりもサントリーのウーロン茶で歌った歌詞のほうが好きだ。残念ながら1番しかないけれど。

依偎在你的懷裡 聽著那鳥語般的歌
輕似風柔似水 愛的船歌
花落水春已去 迷人的蘇州啊
楊柳在為你哭泣 為你嘆息

あと台湾の懐メロ歌手の歌っている歌詞もある。こちらも捨てがたい。2番まで。中国の歌詞はちゃんと韻を踏んでいるのだ。

投君懷抱里 无限纏綿意
船歌似春梦 流鶯婉転啼
水郷蘇州 花落春去
惜相思 長堤細柳依依

落花順水流 流水長悠悠
明日飄何処 問君還(huan)知否
倒曜双影 半喜半羞
愿与君熱情 永存長留

夜は北京からお客の歓迎と今学期で卒業する人の歓送を兼ねた食事会。テーブルは臭豆腐とかナマズとかザリガニとか、食べたくないものばかり。仕方ないので「抜糸紅薯」(大学いもみたいなもの)を食べまくって、胸焼けして帰ってきた。
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by pangxie | 2007-06-23 10:08

授業終わりじゃなかった

今日で授業が終わりだと思っていたら、来週もまだやるそうな。来週は討論会で何か話したい人だけが来ればいいという。TAをしている中国同学は「誰も来ないよ」と笑っていた。確かに何を話せばよいのやら。

今日の内容は今の文学の状況について。先生は三つの面から分析した。

(1)文学から映像へ。中国で重要な位置を占めた報告文学(ルポルタージュ)は、中国中央テレビの「焦点訪談」のようなドキュメンタリーに取って代わられた。この忙しいご時勢に煩雑な長編小説が読まれないのは、きわめて当然のことだ。その代わりに連続ドラマが親しまれるようになった。詩はもっとも人気のないジャンルで、作る者もかなり少なくなった。しかし人々はカラオケに行き、画面を見ながら詞を見て歌を歌っている。詩は詞に取って代わられたのだ。

(2)ネット時代の新しい状況。無名の人々が、ブログなどで誰でも自由に文章を発表する場所ができた。出版プロセスを経なくてもよくなったのだ。他人の文章を気軽に読み、自分も気軽に書くことができるようになったのだ。

(3)政治の民主化。文学はもともと政治によって牽引されるもの。ところが今では政治は文学を必要としない。文学は政治性からどんどんと遠ざかり、全体的に価値が低くなってしまった。とくに沿岸部では作家を志すものが少なくなり、かわって新疆や陝西などの発展の遅れている地域で志す者が増えている。

これらの要素により文学は周縁へと押しやられてしまったのである。じじつ全盛期には150万部も発行していた『人民文学』は、今やわずか3万部まで落ち込み、その半数が関係者による購入だといわれている。

このような危機的状況ではあるものの、名作と言うに値する作品がないわけではない。たとえば賈平凹『秦腔』、余華『兄弟』は評価できるものだ。

あとテストの出題方法について説明があった。中国では板書を写すよりも「聴写」(聞き取って書く)するのが主流。この授業では先生が書き取るように言ったところから95%出すとのこと。しかも用語説明に関する論述問題では3行半から4行くらい書くのがよいとか、各時代の文学潮流についての説明では6~7行がよいとか、具体的に指示を出しまくり。これで落とす学生がいたら見てみたい。挙句の果てには留学生のみノートの持込を許可するなんて言う始末。これには中国人学生からブーイングが出ていたが、あのナマリの強い普通話を完璧に聞き取れた留学生は果たしてどのくらいいたのだろう?

夜のゼミでは文学研究の方法についての講義。ソ連のマルクス主義の方法から改革開放後には欧米の理論の援用に移り、さらに今では大中華思想、つまり伝統に回帰する傾向が強い、という。これもなるほど説得力のあるものであった。

欧米の理論を援用した論文は、中国ではいろいろと批判されている。私などはそこからいろいろ興味深い見解が提出されており、とても面白いと思うのだが・・・・・・

あしたは朝一で上海図書館へ、夜は先生たちと食事。最近ちょっと疲れ気味。
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by pangxie | 2007-06-22 01:36

自分勝手な占座は困る

中国人学生は「占座」(座席取り)をする。

普段は数人一部屋の寮暮らしをしており、部屋ではなかなか勉強ができないのだろう、図書館は常に学生でいっぱいだ。朝一番に行ってお気に入りの場所に座って勉強する。勉強熱心な人ばかりだ。しかし昼を食べに行くときも席を取っておくのはいかがなものか。昼時は座席には全体の半数ほどしか人がいないのに、机の上はノートや本が置いてある。ちょっと座って雑誌を読もうとしても、これでは座れないので困る。別の大学では、こういう自分勝手なことをさせないために、一定時間経過すると係員が本やノートを一箇所に寄せてしまうそうだ。復旦でもぜひ実施してほしい(といっても私はもうすぐいなくなるのだが)。
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by pangxie | 2007-06-21 00:50

永和大王のプリンは食べてはならぬ

今日の昼は「永和大王」で食べた。中華ファストフードの店。油条、中国式オニギリ(中に油条や肉松=肉を粉末状にしたものが入っている)、ワンタン、小籠包、麺類、ご飯もの、豆乳などを提供する。いまは夏限定でプリンを販売しており、それがセットになったものを注文した。18元。マックやケンタッキーとほぼ同じ価格帯だ。

注文して損した。なんてまずいプリンだ。日本のプリンをイメージしてはならない。メインのプリンは白色。その隣に黒いプリンが少し。上には小豆がかかっている。これらの下にはかき氷。小豆を除けば、どれも無味。味がしないのである。単品で買うと5元である。あと1元足せば大学近く国定路の「徳龍館」の小籠包が2籠食べられるではないか。やはり永和大王では油条やワンタンぐらいしか食べるものはないと思った。

バス758路は結構重宝する路線だ。武川路(537路淮海路方面と同じ乗り場)から乗り、共和新路で降りる。同じバス停から260路に乗れば、終点が南京西路。降りれば西側にリッツカールトンホテルがあり、東にはブランドショップのデパートがある。伊勢丹や呉江路も徒歩圏内。
260路には途中に、江寧路安遠路という駅があり、ここで降りれば玉仏寺に行くことができる。
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by pangxie | 2007-06-19 23:00

盛況の講演会

ハーバード大学教授王徳威先生の講演会に行ってきた。開始30分前にはすでに満員で廊下にも立ち見が出る、という盛況ぶり。

テーマは江文也について。江文也は近代日本と中国で活躍した音楽家。講演のほとんどは彼のアイデンティティに関するもの。去年観た映画『珈琲時光』では彼がキーワードのひとつになっており、またこの映画に関する論文を読んだこともあって、私はたまたま名前だけ知っていた。

演題とは直接関係ないのだが、先生の「一見して問題のなさそうなところに問題を見つけること」という言葉が印象的だった。常識を疑えである。

先生のちっとも偉ぶらない謙虚な態度に好感が持てた。中国の先生や学生は空威張りしている者が多くて、見ていてみっともないなと思うことがよくある。エリート意識をむき出しにしているところがあるのだ。中国で大学に進む者は圧倒的に少ないから仕方がないのかもしれないが、どうも気になってしまう。

最後の質疑応答でおかしな質問(あなたは国際主義者か民族主義者か、など)をした学生がいて、先生もいささか困惑された様子。日本では著名な先生の研究発表だと学生はなかなか質問しにくいものだが、中国ではそんなことはないのだ。質問はする者のレベルが確実にあらわになるため、なかなかしにくいものだと思うのだが。。。
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by pangxie | 2007-06-19 01:28

広すぎる超市

上海のスーパーマーケットはとても広い。まさに「超級」だ。どこも2階か3階建てになっていて、テナント店がいくつかとマクドナルド、ケンタッキーなどのファストフード店が同じ建物に入っている。日本でいうとジャスコやイトーヨーカドーみたいな感じだ。ウォルマート(沃爾瑪)、カルフール(家樂福)、イーマート(易買得)、メトロ(麥德龍)、大潤発、吉買盛、歐尚、樂購などが上海のあちこちにあり、いつも人でいっぱいである。

ほとんどの客はカートを使って買い物をする。このカートが日本のに比べ大きく、しばしば通行の妨げとなる。また客の行儀が悪く、一度カートに入れたものを、買う気がなくなれば途中で放ってしまう。量り売りで袋に入れてもらった肉や野菜でもお構いなし。これらがそのまま元の棚に戻されるのかと思うと、嫌な気分になる。

面白いのが鶏卵と米の量り売り。卵にはニワトリの羽がついているものが多く不衛生である。もちろんパックに入っているものもあるが、値段は少し高めのようだ。米は大樽に入っており、手にとって見ることができる。こちらもあらかじめ袋に入ったものもある。

果物売り場に行くとものすごいニオイがする。ドリアンを扱っているからだ。肉は常温で置きっぱなしにしており、それを客が手にとって品定めをする。

ただでさえ広すぎる店内を歩き回って疲れたところに、最後に追い討ちをかけるものがある。レジだ。上海ではクレジットカードで決済する客が多く、暗証番号の入力や伝票のサイン記入で、余計に待たされる。店員が袋詰めするのも不要。入れ方が雑なのだ。日本のようにセルフサービスにするのがよい(成都のイトーヨーカドーの食品売り場では日本式になっていた)。ビニール袋が弱く、買える途中で持ち手の破れることがままある。重いものを買ったときは二重にしてもらうか、自分で袋を持参するのがよい。

農工商、聨華といった、小さなスーパーもあるにはあるが、客が少なくて商品の回転が悪いらしく、置いてあるものが古くて汚い。コンビニも上海は他の街よりも圧倒的に多いと思うが、品揃えはあまりよくない。冷蔵庫の電気を付けないなどのサービスの行き届かない店もある。いつ作ったか分からないような肉まんや関東煮(オデン)に対しては残念ながら買う気が起こらない。
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by pangxie | 2007-06-18 01:58

ふたつの即答

数年前の書評で紹介された本が欲しくなったので、福州路の古籍書店に行ってきた。2階のレジで在庫を聞くと、店員がすぐさま「この本は題名が変わって再版されたんだ。○○○が書いた本でしょう?たしか1階にあるはずだ。」と即答。1階で見つけてレジに行こうとすると、また同じ店員が「君の持っているのは続編だ。君の言っていた本はこっちだ。」ともう1冊渡してくれた。古籍書店は品揃えは以前よりも悪くなったらしいが、しかし店員は同じ福州路にある上海書城や外文書店に比べてずっとしっかり仕事をしているな、と思った。

先週、食事をして帰りに寄った淮海路のパークソンの隣にあるハーゲンダッツで、上海語テキストと地下鉄1号線陝西南路駅の地下にある季風書店で買った本を入れたビニール袋を置き忘れた。翌日は授業の発表があり行けなかったので、翌々日の朝、取りに行った。私のビニール袋があるかどうか聞くと、「ない!」と即答。ちょっとは探せよ、と思いつつ、そんなわけはない、と反論。それでも探さずに「ない!」の一点張り。なんて態度だ。ハーゲンダッツは味は一流だが店員はどこも三流以下だ。きっと人気店だからといって図に乗っているのにちがいない。店員の態度は会社の体質の表れでもある。こんな店二度と行くものか。
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by pangxie | 2007-06-10 23:42