天天好時光

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発音が大事

ある上海人の学生。彼女はとにかくどこでもよいから日本へ行きたいという。その前にある程度は日本語を話せるようにならないと。彼女は自分のレベルがどんなものか知らない、身の程知らずである。話せないから行く、という意見も確かにあるが、話せない人はどこへ行ってもいつまでも話せないままだ。

いまは日本でも中国でも語学留学をしなくてもよくなった。日本にいながらにして中国語を身につけることができる。中国にいてもいくらでも日本語を身につけることはできる。いや、これは中国ではなく、上海といったほうがよいだろう。

留学経験がなくても語学の資格など、その人の努力しだいで取得することができる。先日教えた日本留学を希望する学生たちも、日本語検定の2級や1級をすでに持っている。

ところが彼らは文法や語彙はよく知っていても、発音がなっていない。文法、語彙を正しく扱うのが重要であると同時に、正しい発音も重要だ。このことに彼らは気づいていないようである。

ただ通じればよい、のでは決してない。話すということは、通常聞かせる相手がいるものである。その相手に負担をかけないような話し方が求められるのだ。

たとえばアクセントもイントネーションもめちゃくちゃな日本語を話す留学生としゃべってみてほしい。その人と1時間も2時間もしゃべることが、どれほどのストレスになるか、きっとわかるだろう。

片言でもいいからしゃべること。これは初学者で、しかも糾正してくれる人がいることが条件となる。

だから、私は、限られた時間内ではあるが、きびしく発音を糾すようにしたい。

それ以前にお前の名古屋弁こそ直せ、といわれるのはわかっているけど。。。
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by pangxie | 2007-09-21 17:55

思うこと

日本語学習の初級のヤマは動詞の「て形」であるという。なるほど、学生に説明しても、「活用ってなんで覚えなくてはいけないのか?」などと真顔で質問されるわけだ。われわれ日本語話者にとってあまりに自明なことであっても、それを何の準備もなく理屈を以って説明するのは至極困難なこと。だから準備はもちろんするけれども、参考書の説明がわかりにくいことがある。するとそれをどう噛み砕いて説明するか、が問題となる。ところが自分なりに噛み砕いたつもりでも、結局はもとの小難しい説明のほうが学生にとってわかりやすいことがあるのだから、まさに骨折り損のくだびれ儲けとしかいいようがない。

私の教えている学校の授業では聞き取りや会話練習が全然足りない。授業は中国人講師はもとより、私もほとんど中国語でやっているからだ。発音練習や会話練習をしても、ひとりひとりを指導する時間はない。どうしても文法説明や置き換え練習が中心になってしまう。

これではいけないと思い、週末2日のクラスでは終日授業のある土曜日の午前を文法の説明にし、午後を文法練習問題、日曜日を聞き取り、夜の月・水・金の社会人クラスは、月・水を文法、金を聞き取りと会話にしている。ところが本科の授業が始まり、私は本科の授業をメインにすることになった。コロコロと担当教師が変われば、学生も戸惑うに決まっている。かといって本科の授業をしないわけにはいかない。でもコマ数は増やしたくない。といろいろと思案しているが、どうなることやら。

先週の土曜日のこと。豫園からタクシーで古北へ移動する途中、私の勤めている学校を通った。すると片言の日本語が話せる運転手が「ここはニセモノだ」などとまことにもって無礼千万な言葉を吐くのであった。なまじ日本語のわかる運転手は、われわれの話を聞き、話に割り込んでくるから、今後は勘弁願いたい。
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by pangxie | 2007-09-18 15:08

2週間経ち

 そろそろ今のペースに慣れてきた。しかし、日本人の同僚が退職し、中国人ひとり、日本人ひとりの二人体制になってしまった。これから本科の授業が始まるというのに。もともと18コマ(日本の大学の9コマ相当分)の契約だが、辞めた人の分もやらされることになり、目下24コマもやっている。

 クラスの出来る人と出来ない人の差がものすごく大きい。これはどうすればよいのやら。動詞の活用もまだちゃんと理解していない人もいる。仕方ないので授業のはじめに復習時間を設けて、少しばかりの説明をしているが、果たして理解されたのかどうか。
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by pangxie | 2007-09-07 18:36