天天好時光

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說錯了不要緊,大膽地說

授業をおさぼりする学生がちょくちょく出るようになった。

すでにある程度基礎を身につけており、授業の内容は聞かなくても分かる。そういう人がさぼる場合は何も問題はない。しかし、授業についていけなくなり、つまらなくなってさぼる人は、問題だ。

だから、私は

「私は毎回ちゃんと準備をして臨んでいます。それは私はみなさんにきちんと授業をする義務があるからです。みなさんの義務は授業に出て、内容を理解することです。授業をさぼるのは構いませんが、その責任は自ら取ってください。」

と言っておいた。

時にはさぼってもいい。だが、さぼった分は自分で補わないと。先生が手取り足取りやってくれると思ったら大間違いだ。そんなことまで面倒見ていたら、疲れてしょうがない。

それに今は発音強化期間なので、休んでもらうと困るのだ。

私が中国語を勉強していたとき、「初めの1ヶ月は何が何でも休まないように。発音をしっかり身につけないと、先に進めないから」ときつく言われた。そして「予習よりも復習をきちんとするように」とも言われた。その日に学んだことは家に帰って、カセットを聴きながら復習した。個々の発音をピンインの規則とともにみっちり覚えた。表記からはうかがえない、微妙なニュアンス、たとえばyinとyingの違いなど、も授業で教えていただいたので、それを意識して発音練習した。(今ではすっかり「上海化」してしまったのだが。。。)

私も簡単な会話をやっている中で、学生の発音をみっちり鍛えようと思っている。

それなのに、さぼっていてはダメじゃないか。

ノルマがあるので、後になってからは、一々直している時間などない。今のうちにしっかり直さないと、悪いくせがついてしまう。

私はそんな日本人の中国語学習者をいくらでも知っている。どうしても気になるものは、失礼を承知の上で、指摘することがある。

指摘されるのは何も恥ずかしいことではない。

私だって、習いたての上海語のイントネーションがめちゃくちゃで、同僚の先生によく笑われながら直してもらっている。挙句には「日本上海閑話」(日本流上海語)などと揶揄されてしまっている。

でも私は気にしない。上海語ができるようになればよいのだ。恥をかいた分だけうまくなれると思っているからだ。同僚の先生は、一発で正しく出来た場合など、過剰に褒めてくれる。たとえば「あなたはやっぱり語学のセンスがあるよ」など。本当に「語学のセンス」があるなら「日本上海閑話」などと皮肉られたりするもんか、なんて思ったりするのだが、言われた直後は素直に嬉しい。

褒めるところは過剰に褒め、ダメなところは厳しく指導する。私ももっとメリハリのある授業にしないと。これまで気分にムラがあったせいか、どうも空回りしていたようだ。
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by pangxie | 2007-10-30 21:37

ゆえん・ゆえん・ちえん

授業の合間のくだらない話。題目は「縁」。

私は「縁」を大切にしている。日本でも中国でも「縁」が人生に大きく作用するからだ。

「縁」は「円」に通じている。「縁」あって友人が増え、事業もうまくいけば、生活が「円」満になり充実する。

さて、みなさん財布の中にある紙幣を見てちょうだい。「円」という字があるはずだ。そう、「円」とは「銭」のことなのだ。「縁」が実り、生活が「円」満になれば、おのずと「銭」が入ってくる。

だからみなさん「縁」を大事にしてください。

こんな話。
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by pangxie | 2007-10-29 23:21

昨日の誕生日会、今日の授業

昨日は某女史の誕生日会。

授業を終えてから豫園に行き、それからタクシーで淮海路へ。誕生日ケーキを調達するためである。彼女は復旦大学近くの夏朶には足しげく通っているようなので、たまには別の店のものを召し上がってもらいたい。台湾系の「ICHIDO」で「黒森林」とムースを購入後、今回の会場「円苑」へ。

会場へ一番乗りして、しばらくくつろいでいると、主賓の女史が。手にはなにやら袋を提げている。近くの新装したミスドでドーナッツを買ってもらったとのこと。つい先週は香港・ロンドンでマンゴーやらチョコレートやらを堪能したのに。しかも今回は自分の誕生日会だ。誕生日ケーキの出てくることくらい予想がつくだろうに。それでもドーナッツを買うとは。まったく見上げた甘党よ。


ともあれ誕生日会はうまくいき、楽しく過ごすことができた。

今日は半日の授業。助詞を復習した。説明がややこしい。しかも中国語で言わなくてはならないのだ。文法書を繰っては分かりやすい説明を拾って、それを加工しながら説明している。あと語彙の拡張も課題だ。漢字は読めないし、意味も分からない。教科書に出てきた語彙は何がなんでも完璧にしておきたい。

2級対策講座を結局、やるはめになった。某先生に頼まれるとどうしても断れないんだな。

そこで、今は会社員をしている中国人の友人に、日本語検定の感想を聞いてみた。彼女は大学4年で1級に合格した才媛である。大学の授業では必死にテクニックを習得するばかり。そのおかげで文法と読解が最も点数がよかった。しかしヒヤリングは散々だった。授業にヒヤリングや会話も導入し、学生のモチベーションを維持することも大事だ、という。

このアドバイスをもらうまでは、とにかく文型を詰め込んでいこうと思っていた。しかしそれでは無味乾燥になってしまい、楽しいはずの語学学習がつまらないものになってしまう。

私がそのような授業方式で中国語を勉強することになったら、きっと途中で投げ出したに違いない。己の欲せざるところ、人に施すことなかれ、である。

大いに反省させられた。
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by pangxie | 2007-10-28 21:37

私は中山公園が嫌いです

今日久々に「牛肉餅」を食べた。地下鉄2号線南京西路駅(旧石門一路)を降りてすぐの呉江路のおいしい店。1.5元から2元に値上がりしたが、それでもこの味ならば許せる。

牛肉餅を食べた後は、南京西路にある無印で買い物。去年あたりから服も置きだしたのだが、種類が全然ない。値段もなんだかなあ。そこまで出すんなら中国メーカーのものでいいかな、なんて思ってしまう。日本の表示価格は外してもらいたいものだ。

バスを乗り間違えて中山公園に行ってしまった。本当は静安寺まで行き、乗り換えて家へ帰るはずだった。私は中山公園が大嫌い。なぜ嫌いかというと、軽軌は常に込んでいるし、バスはあちこちに停留所があって迷ってしまうから。それに車もバイクも自転車も人も多く、歩くのに不便なのだ。デパートがあるけれど、大したものはなし。全体的にごちゃごちゃして、なんだか垢抜けない。

バスで帰ろうとしても、どれに乗ってよいのやら。探すのも億劫になり、仕方ないのでたまたま来たバスで古北まで。パークソンのスタバで休憩がてら本を読み、そこから順に911路、18路、715路に乗り、帰宅。無駄に移動した一日だった。

それにしても、日本も中国も食の安全性が危機にさらされている。小さな頃からずっと食べ続けてきた「赤福」。これだけ食べてきても平気なら大したことはないと思うが。でも消費者を騙してしまったのはよくない。

北京ではウォルマートの期限切れ食品を処理業者が安く売っていたとか。中国で食事をするときには「便宜無好貨」を念頭に置かなくてはならない。復旦大学北門前の所謂ラージー炒飯と炒麺も要注意だ。3元なんて、一体どんな材料を使っているんだか。 まさか今回の北京の事件みたいに、本当にラージーだったりして。
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by pangxie | 2007-10-26 23:53

郷音難改

日本語教員は、専任扱いが私を含めて二人、非常勤が一人。

私は主に日本語検定2級取得を目指すクラスを担当している。もうひとりの中国人の先生は3級クラス。彼女も以前2級クラスを担当したことがあるのだが、学生からのクレームにより、私がすべてやることになった。

クレームの中には、東北地方出身のその先生の訛りが嫌だ、というものがあった。私が「你聽不懂她的話?」と尋ねると、相手は「不是聽不懂,是聽不慣,聽不下去」と答えたのだ。

お国訛りはいつになってもそう簡単に抜けるものではない。とくに私などのように、ずっと名古屋から出たことのない者にとっては、自分が訛っていることなど、そう簡単に気がつかない。

私は大学で中国語(普通話)を学んだが、上海に来てみて、それが限りなく北京語に近い普通話であることに気がついた。ある自習テキストには「少し、ちょっと」の意味で使われる「一点儿」のアル化について、「アル化させることによって、時間の1時を意味する〈一点〉と区別している」などという説明がなされていた。そんな馬鹿な、と思うけど、この説の真偽のほどは、私には分からない。同じ「少し」を意味する「一下」がアル化するのは、どう説明するのか。

こうしたアル化してもしなくても同じようなものがある一方、アル化することによって新たな意味を付け加える役割をも果たしているものもあるから、侮れない。

2月に蘇軾のビデオを見たとき。講師が「当官」にアルをつけて「当官儿」と言っていた。当初、私はただの訛りだと思って聞いていた。ところがA先生がいらしたときにこのことを話したところ、「当官儿」には、「役人になる」という意味ではなく「小役人になる」といったような、ちょっとバカにした口調が入る、とご教示を受けたのだ。

アル化恐るべし、である。

さきの学生のクレームは、自分の不勉強を棚に上げて、訛りをただの口実にしているふしも十分にあろうが、上海人が北方のアル化だらけの普通話を聞いたときの、素直な意見としても受け取れる。
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by pangxie | 2007-10-24 23:54

カンニング

今日行った仮名の小テストでカンニングをしている人がいた。教壇から見るとまる分かり。叱るのも億劫なので放置。頻繁に小テストをするから、一々とがめて0点扱いにするのも面倒なのだ。だから小テストはまじめにコツコツやっている人のための、動機付けにでもなればよい、と思っている。まじめにやっている人でも最後のテストができなければ、全く意味がないので、
成績は、学期末のテストでつける。カンニングもそのときだけは厳しく取り締まらないといけない。

そもそも担当しているクラスは日本語検定2級を目指すもの。来年の12月で2級を取ることができればよいのだ。2級を取る学生が多ければ多いほど、学校としても生徒獲得の宣伝材料にすることができる。カンニングばかりしてその場しのぎをしている不届き者は単位は取れて卒業できても、検定には受かるまい。

授業はおのずと文法や構文の説明が中心になる。会話の時間はほとんどなきに等しい。全体練習はするけれども、40人近くの学生ひとりひとりに個人指導することは不可能である。発音指導を軽んじるのはよくないけれども、仕方がない。私の担当する以外の授業でお願いした。

今日は、会話の指導をお願いしたその日本人の先生と、近くの徳興館へラーメンを食べに行った。初めてここの上海やきそばを食べたが、ラージーとはいかなくても、かなりそれに近いものであった。彼女の食べたチャーシュー麺もイマイチの様子。百年老店とはいっても、おいしいものはごく一部なのが残念だ。

夜は業余班の授業。こちらは日本語試験3級を目標としている学生で、しかも週2回だから、毎週1課学ぶことにしている。基礎がしっかりしていなく、簡単な単語もおぼつかない。でもやる気はあるから大丈夫だと思う。語学習得の要は「三つの気」。「暗記、やる気、根気」だ。
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by pangxie | 2007-10-22 23:27

大興街と董家渡

家の近くに「大興街」という地域がある。ここは商店街になっていて、洋服や蒲団、家具などの日用生活品を売る個人商店、飲食店、スーパー「吉買盛」などがある。個人商店は廉価なものばかり、飲食店はいかにも「ラージー」、利用するのは「吉買盛」のみ。そして、ここを往復する道のりがかなり疲れる。南京路や七浦路を結ぶ66路や浦東へ行く929路が頻繁に往来するし、商店街だから自転車も多いからだ。ここもそのうち立ち退きになるらしい。あちこちの店で「拆房大拍売」の赤札が張ってあったり、路上には「動遷」の横断幕が何枚も掲げられていた。

「童家渡」は布市場で、服をオーダーメードすることができる。家からは歩いて30分ほどのところ。大興街を通り、陸家浜路を東に歩いていけばすぐだ。先日シャツを2着作ってもらった。すこしだけ値切ることができ、1着90元。布市場の外にはチベット商人の露店がある。今年の冬、マニ車がほしかったので値段を尋ねると、なんと500元もすると言うではないか。ガラクタにそんな大金払えるかと憤慨した。5月に九寨溝に行き、30元で購入することができたので、お土産にすることができた。ここでも値切りをしてみたものの、チベット人は値切りはしないなどと言う。まあ30元ならいいやと思い、結局言い値のままで購入。帰りの空港では冬虫夏草をしつこく売ってくるから、10元なら買ってやると言って追い払ってやった。
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by pangxie | 2007-10-21 23:10

炒米线

昼食に何を食べるか。

最近はまっているのは、近所にある雲南米線屋の「炒米線」。「米線」は「やや太めに作られたビーフン」(小学館第二版中日辞典)のこと。ここの店の看板料理は汁ビーフンだが、私はいつも炒めたものを注文する。ひとつからでも出前をしてくれるのでありがたい。炒米線はひとつ10元。

徳興楼の葱油伴麺に八宝辣醤をかけたものもお気に入り。これは校長先生に教えていただいた食べ方。ほかに事務室の主任がたまに買ってくれるワンタンスープもおいしい。香菜の入っているのがいやだが。顧問の先生が連れて行ってくれる近所の小飯店も好きだ。ここはどれを食べてもすごくおいしい。

ケンタッキーやマックもたまに行く。けどおいしいとは思わない。行くところが無いときに仕方なく入るだけ。事務室の女の子は毎日のようにサイゼリアへ食べに行くが、何がよくてそんなに通うのか。

今日の授業は拗音。「ひゃ・ひゅ・ひょ」がどうしても二音節になってしまい、これだけで30分以上もかかってしまった。あと休憩代わりに「北国の春」を聞く。配った歌詞はすべてひらがなになおし、助詞「は」と「へ」があったので、ついでに「~は~です」や「~へ行きます」といった簡単な文型も取り上げた。

今度から授業の模様がオンライン化される。融通の利かないことに教師は教壇の椅子に座り、黒板を使わずパソコンのみで授業しろという。そんなことできるか。
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by pangxie | 2007-10-17 23:36

仮名が大変

10月から本科の授業が始まった。これまでのは業余班で、社会人や日本行きが決まった人向けに、夜間や週末に開講していたもの。本科は全日制で、1年で日本語検定3級、2級を目指すもので、今年から設置されたコース。

まったくの初級者を教えて、中国語よりも日本語のほうがややこしいなあ、と思った。

まずひらがなとカタカナが大変だ。分かりやすくしようと思って、元の漢字を示しながら黒板に書いていく。しかし、しっかり見ていないのか、筆順が滅茶苦茶だったり、テキストの明朝体をそのまま真似して書いている人が多数いる。

つぎにアクセントやイントネーションが大変だ。同じアメでもアを高く、メを低くすれば「雨」になり、その反対は「飴」になる。それを一々覚えなくてはいけないのだ。これが文レベルになると、もっとややこしい。単語の後に助詞がついても高いままの「平板式」とそうでないものの区別をどう説明すればよいのか。このような例に「鼻」と「花」がある。「鼻が」と「花が」では助詞「が」の高低が異なる。

今週は小テストをした。ローマ字をひらがなとカタカナに変換するものと聞き取り。このローマ字がややこしい。テキストに載っているのはヘボン式ではないからだ。そこで自分でヘボン式をワードで打ち込み、コピーして配布した。中国ではヘボン式を「黒本式」というから面白い。

中国語は発音がきちんとできないと先に進むことができない、と言われるが、日本語も同じだ。だから学生には、時には「万事開頭難」を強調し、一日5つずつ覚えれば半月で覚えられるから問題ない、などと励ましている。

やっと家でネットすることができるようになった。学校のパソコンは使いにくいし、授業の合間だと準備に追われてゆっくりすることができなかった。これでマメに更新できれば、と思う。
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by pangxie | 2007-10-16 22:37