天天好時光

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あります/いますの使い分け

「あります」「います」を中国人に説明するとき、注意しなければいけないことがある。

〈もの〉があります。  あそこにがあります。
            うちの庭には桜の木があります。
〈いきもの〉がいます。 教室に山田さんがいます。
            池にがいます。    

〈植物〉は「あります」を使わなければならない。中国人はこの点をよく間違える。なぜなら植物はいきものだからだ。

日本人も植物は〈いきもの〉だと考えている。しかしその存在を言うときは、植物を〈もの〉として扱っている。だから「ここに花がいます。」などといった誤用が起こる。
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by pangxie | 2010-07-26 22:03

語感

教材作成が佳境を迎えている。それに会話テキストの語彙表も作成しなくてはいけない。忙しいだけの毎日で、充実感があまりない。このご時世、大学院生なんてするもんじゃないな。

先週の授業で、“恨不得”(~たくてたまらない)がどこまでかかっているか、について議論した。

〈真的有時恨不得拿自己血管裏的血写一首詩給你,叫你知道我愛你是怎様的深。〉

(僕は)本当に時々自分の血管の中の血で以て詩を書き、君に僕の愛がどれほど深いのかを知らしめたくてたまらなくなるのだ。

私は“恨不得”は、終わりの“。”までかかっていると解釈し、日本語訳はこれを反映したものになっている。しかし、中国人はこぞって“恨不得”は“,”までしかかかっていない、と主張した。私の親しい中国人の友達に聞いても、やはりかかっているのは“,”までだと言う。

こうした「語感」を理解するのは難しいと思った。
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by pangxie | 2010-07-09 23:50